仙台高等裁判所 昭和63年(ラ)78号 決定 1988年12月21日
抗告人
株式会社徳陽相互銀行
右代表者代表取締役
早坂啓
右代理人弁護士
渡邊大司
被抗告人
久保洋子
右代理人弁護士
田村彰平
主文
原決定中、民事訴訟法第三一条に基づく移送決定を取り消す。
右移送決定の申立てを却下する。
本件手続費用は、原、当審を通じ、被抗告人の負担とする。
理由
一抗告人は主文第一、二項同旨の決定を求め、その理由として、別紙の通りを述べた。
二当裁判所の判断
(一) 本件記録によれば、次の事実が認められる。
1 抗告人の提起した被抗告人を被告とする貸金請求訴訟(原審昭和六三年(ワ)第五〇一号事件。以下、本件訴訟という。)について、原審に、被抗告人から、民事訴訟法三〇条に基づき、管轄の合意を否定して、管轄違いを理由とし、仮に管轄があるとするときには同法三一条に基づき、申立人(被抗告人)らに著しい損害又は遅滞が生じることを理由として、盛岡地方裁判所に移送を求める旨の申立てがなされたこと、原審は、審理の上、昭和六三年九月二〇日、管轄違いを理由とする移送の申立ては理由はないが、被抗告人らの著しい損害を避ける必要があるとして、本件訴訟を盛岡地方裁判所に移送する旨の決定をなしたこと、右決定について、抗告人から即時抗告の申立てがなされたことが認められる。
2 右事実によれば、本件移送の申立ては、民事訴訟法三〇条に基づく管轄違いを理由とする移送の申立てを本位的申立てとし、同法三一条に基づく著しい損害又は遅滞を生じることを理由とする移送の申立てを予備的申立てとする、二個の移送の申立てが併合して提起されたものと解するのが相当である(民事訴訟法二〇七条、二二七条参照)。蓋し、移送という法的効果は同一であっても、両者の移送の要件は異なるから、当事者の申立てを同一と解することは、困難であり、現実になされた本件の(各)移送の申立ては、複数と解するのが妥当だからである(申立てとしては、一個の移送の申立てがなされ、ただその事由が異なるに過ぎないと解すべきではなく、少なくとも、同法三〇条の移送の申立てと三一条の移送の申立てとは別個の申立てであり、一方の申立てが否定される裁判がなされたからといって、他方の申立てにも、当然、その効力が及ぶものと解すべきではない。)。
もっとも、同法三〇条に基づく移送の申立ては、単に裁判所の職権発動を促すに過ぎなく、訴訟上の申立てに当たらないとする見解も有力であるが、たとえ、法的には、裁判所は、常に職権で管轄の有無に配慮し、合意管轄の性質に考慮を払うべきであるとは言えても、専属的合意管轄に違反することを理由とする管轄違いの申立ては、少なくとも、当事者の合意の効力、その解釈を審理せざるを得ず、当事者の主張乃至攻撃防禦方法によることが大きく、通常の管轄違いと異なりやはり、当事者の訴訟行為に待つことが大であることに鑑みれば、少なくとも、当事者が現実になした管轄違いの申立てを無視することは許されず、前述した申立ての併合の効果は、認められるべきものであり、従って、その申立てが、何等かの事由で排斥されたときには、申立てをなした当事者には、同法三三条に定める即時抗告権も認められていると解するのが相当である。
3 ところで、本件では、同法三一条に基づく予備的移送の申立てにより、盛岡地方裁判所に移送する旨の決定がなされ、その裁判に対し、抗告人から即時抗告の申立てがなされたにとどまり、被抗告人から不服の申立てがなされていないから、一般的には、抗告審としては、予備的移送の申立てを認容した部分の原裁判についてのみ、その当否を審理することができるだけであると解すべきものである。
(二) そこで、原決定の当否について検討するが、原決定は、著しき損害が生じるかどうかを中心として審理をしているから、まず、その点を検討する。
1 原決定が、本件訴訟の争点及び当事者双方から証拠調が予想された人証等について判示している点は、当裁判所も、同一であるから、右部分の判示を引用する(原決定三枚目裏末行「本件訴訟」から四枚目裏二行目の「ことができる。」まで。なお、受訴裁判所を異にするため、特に多額の費用を要するような証拠調は、現時点では、事件の性質からみて、予想されない。)。
2 ところで、右諸事実によれば、原審である仙台地方裁判所で審理をすれば抗告人に、逆に、移送さるべき盛岡地方裁判所で審理をすれば被抗告人に便利であり、経済的損失は、金融機関である抗告人にとっては、本件が移送されてもそれ程大ではなく、これに反し、夫に死去された被抗告人にとっては、原審で審理されるときには、受けるべき経済的損失が、従って、その負担が、大きくなることは、否定できない。
3 問題は、原審での審理が同法三一条にいう著しき損害を被抗告人に与えるかということであるが、仙台、盛岡間には、現在東北新幹線や東北自動車道(高速道路)も走り、交通は至って便利で、かなり短時間で往復ができ、これらの利用も一般化したともいえる。もっとも、新幹線を利用すると交通費が割高になり、盛岡で審理をする場合に比べ被抗告人の負担が若干増大することになるが、一般的にその負担に耐えるのに困難とまで認められず、従って、そのために被抗告人に著しき損害が生じると認めることは困難である。
特に、本件では、被抗告人は、訴額が四五〇万円以上の債務の責任を負うかどうかの問題であり、しかもこれが同居し、生活をともにしていた亡夫克夫の事業の基ともいうべき金融機関からの融資と関連しかつ同人が被抗告人名義の文書を偽造したかどうかが、争点として争われるべきことも予想されることは、被抗告人の答弁書の記載、乙各号証からも、窺われるのであり、本件事案の性質を勘案すれば、被抗告人に多少の経済的損失を増大させることになっても、事柄の性質上やむを得ないものというべく、抗告人との比較対照を勘案しても、いまだ被抗告人に著しき損害を生じさせるものとはいえない。
4 なお、原決定は、多数の証人の経済的損失の生じることをも理由に挙げているけれども、証人の経済的損失は(証人に現実の経済的損失が生じないとまでいえないにしても)、理念的には、旅費、日当などの支給によって償われるべき性質のものであり、結局、これらも、当事者の負担に帰すべきもので、結局、当事者に著しき損害が生じるかどうかの判断に含まれるべきことである(当事者に著しき損害が生じるかどうかの判断には、証人等の一般の第三者の損失を、直接に斟酌すべき性質のものではない。)。
5 また、本件では、原審で審理したからといって、著しき遅滞が生じるという事情は、一件記録上窺えない。
(三) 以上、説述したところによれば、同法第三一条の移送申立てを認容した部分の原決定は、失当であるから、これを取り消して、その申立てを却下することとし、本件手続費用は原、当審を通じ、被抗告人に負担させることとし、主文のとおり、決定する。
(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官武田平次郎 裁判官石井彦壽)
別紙
抗告の趣旨
原決定を取消す。
相手方の移送申立を却下する。
抗告の理由
一、原決定は『本件訴訟の争点は、(一)申立人の実印を作成し、印鑑登録をしたのは誰か、申立人は右実印の存在を知らなかったか、(二)手形取引、保証契約書、保証承諾書、約束手形中の申立人名義の署名押印が誰によりどのような経緯でなされたものであるか、(三)相手方の盛岡支店は申立人の連帯保証意思の確認をどのような手続で行ったか、(四)亡克夫が経営する栄和水道外の会社の事業に申立人が関与していたことの有無及び関与していたとすればその内容等である、そして右の各争点に関する審理に当たっては、相手方において連帯保証をしたと主張する申立人のほか、相手方の盛岡支店の当時の担当者、栄和水道等亡克夫の事業に関与していた者等の証拠調が必要になることは十分に予想されるが、主債務者に対する貸付け及び連帯保証に関する前記各書面が作成されたのは盛岡市内であって、相手方の当時の担当者が現在は仙台市内又はその近隣に居住していることが窺えるほかは、申立人及び亡克夫の事業に関与していた者はいずれも盛岡市又はその近隣に居住している、また双方の経済的事情についても、本件訴訟が仙台地方裁判所で審理された場合における申立人及び多数の証人が受けるであろう経済的損失は移送が認められて盛岡地方裁判所で審理される場合に相手方の受けると予想される経済的損失に比し決して小さいということはできない』と認定しているが、しかし、かような結論を下すためには、当事者双方の立場や、訴訟の内容、進行程度等を考慮して考えなければならないものと思料するが、原裁判所は当事者双方の立証に入らない前にその立証事項及びその方法等を予測して移送を決定したのは相当でない。
二、そもそも本件訴訟及び相手方の移送申立の内容は抗告人は、有限会社栄和水道工業に対して昭和五九年一一月二六日金二、〇〇〇、〇〇〇円、昭和六〇年二月二三日金三、五〇〇、〇〇〇円を貸付け、相手方等(相手方久保洋子、申立外矢田俊、同藤原繁)は抗告人に対し右栄和水道工業の右債務の連帯保証をしたとして右残元金と遅延損害金の支払を求め、相手方は右の連帯保証の事実を否認し(ちなみに他の連帯保証人である矢田俊、藤原繁は右の事実を認めて判決の言渡が終っている)その証人となるべき者は盛岡居住者に限られており、仙台地方裁判所において審理されると被告等において著しい損害又は遅滞を生ずることになるので民訴第三一条によって移送を求めるというのであるが、しかし、
1、相手方の証拠方法たる証人が盛岡市内に居住しているとしても、しかし本件訴訟においては右の如く相手方が保証契約の締結を争うているので、抗告人(原告)においてまず立証を尽さなければならないことになるが、その証人となるべき当時の担当者は仙台市内又はその近隣に居住している、また相手方の証拠方法(証人等)に対して抗告人は反証を出さねばならないことになるが、おそらくそれらも右同様であると思料される。従って若し証人が盛岡市内に、あるいは仙台市内に居住していることによって、訴訟遅滞を来たすというのであれば、管轄裁判所が、仙台地方裁判所であろうと盛岡地方裁判所であろうと全く同じことで、その一方にすることによって訴訟が促進されるということにはならない。
2、また、たとえ盛岡市内に在住する証人等を尋問する必要があったとしても、管轄裁判所に嘱託して証拠調をなしうるものであり本件の如き事実関係において嘱託尋問をもっては格別心証を得がたいとは考えられないのである。
3、また、仙台市と盛岡市間の交通における距離的、時間的関係(列車所要時間は約一時間、列車の発着は毎時一本ないし二本)からいっても移送しなければならない程費用及び遅滞を生ずるということはあり得ないことである。また、相手方は盛岡市に住居しているが既に訴訟代理人を選任しておる、また過去の相続放棄手続及び本件以外の訴訟においも、訴訟代理人を選任しておって(乙第一ないし四号証)、訴訟代理人に対する旅費日当等の費用の支弁ができない資産状態ではない。
三、合意管轄について裁判所がこれを無視し、他の裁判所へ訴訟移送ができるのは、著しい公益上の必要がある場合に限られるものと思料されるが、相手方の申立事由は右の如く著しい公益上の必要がある場合に当たらないものであるから、原決定は取消さるべきものであり、相手方の移送申立は、その理由ないものであると考えるので、この申立に及ぶ。